小さな手でも、掴めるはずだった。
大きな手でも、掴めたはずだった。
なのに、何も掴めなかったのを知っていた。
手を伸ばして(俺も伸ばすから)
手を掴んで(今度は離さないから)
今度はきっと、掴むよ。
空気が抜けるような音を立て、唯一の扉が開閉したらしい。
「あ、刹那」
「…アレルヤか。何だ?」
新たな来訪者はアレルヤだったらしい。
先いた刹那がアレルヤの行動に首を傾げることはなかったが、何かを尋ねた。
まさか刹那から話し掛けられると思わなかったのか、アレルヤは僅かに吃りながら答える。
「う、うん。ロックオン知らない?」
「ロックオンなら見ていない」
「そっか…」
「何か伝言か?」
「え、ああ。イアンさんが呼んでたんだ。それで探してて」
「…そうか。見かけたら言っておく」
「う、ん。ありがとう」
刹那からそんな言葉が聞けると思わなかったのだろう。
不思議そうにしながらも何も尋ねず、部屋を後にした。
手元に視線を戻した刹那はおもむろに口を開いた。
「…………だ、そうだが…?」
「…なんだよ。気付いてたのか」
「気付かない方がおかしい」
手元の本をめくったのだろう。紙が擦れる音を立てた。
刹那の位置からロックオンは見ることは出来ない。
確かに見てはいないといっても間違いではないが、正解ともいえない。
ロックオンがここにいるのを知っていたのだから。
「…そっか。でも、黙っててくれて助かった」
「………。落ち着いたらいけばいい」
朝からロックオンは戸口からではぱっと見解らないソファに横たわっている。
ニュースの速報を朝から見たせいで、いつもの様に振る舞えず、八つ当たりしてしまいそうだったからだ。
お昼近くになって、刹那は本を片手に出窓に小さな身体を納めて本を読み始めた。
お互い存在を主張するでもなく、ただそこにいただけだ。
まるでロックオンに誰も話し掛けないようにと、防波堤のようになっていた。
「ああ。……なぁ、刹那」
「なんだ?」
昔の刹那だったら呼び掛けても振り向いても返事をしなかった。
返事をするときは早く話せと言わんばかりのオーラをだしていたのに、今は全くそんな雰囲気を感じない。
初めて対面した当初は警戒心が強く、これでもかと言わんばかりに威嚇していた刹那だ。
まさかすぐにこうも変わると思わなかった。
「……何か、あった?」
「…すまない。意味がわからない」
抽象的にいってしまい、刹那が微かに眉を潜めた。
そんな些細な変化も昔以上にわかりやすくなった。ふとした瞬間、表情を緩めたりすることもある。
「ああ、ごめん。…以前なら、アレルヤをあんなに気にかけなかったよな」
「………」
「お前は視線だけで答えたり、自分が関わらないことは無頓着だ。いや、自分に対しても頓着しなかったよな」
尋ねる。というより、確認のために言葉にしているだけ。
答えが帰ってくるかどうかは、刹那しだいだ。
だが、以外にも、刹那から答えが返って来た。
「……俺は、話しても理解してもらえないと思った。…上手い言葉を探せないし、他人を気遣ったって、何の特もしないと」
「………」
「でも、話さなきゃ理解してもらえないし、上手い言葉じゃなくても相手はわかってくれる。気遣いだって無駄じゃないと知った」
「……そっか」
饒舌な刹那に、どこか違和感を拭い去れなくて、ただ頷くだけしかできなかった。
遠くに投げ出した視線は虚ろに虚空を見ているが、そこにあるものを見ているわけではないのだろう。
刹那にそれを理解させようてして、ロックオンは日夜頑張っていた。
その努力が認められたのだ。だが、どこか違和感がずっと付き纏っているのも事実。
「それを教えてくれたのは、ロックオン。あんただ」
「……参った…」
扉が閉まるなりずるずると扉に寄り掛かって座り込んでしまった。
情けない話、顔に熱が集まっているのがよくわかる。
「いきなり何だぁ?」
「いや、刹那がさぁ…」
ガンダムの整備をしていたらしいイアンがハロに指示を出しながらスパナ片手に尋ねて来た。
まさか呼び出した相手が扉が閉まるなりへたり込んでしまうとは、誰も予想できなかっただろう。
まぁ、まずそんな予想はたてないのだが。
「そういや、やっこさん最近変わったらしいな」
「そう!…刹那が、笑ったんだ。ぎこちないけど、刹那が、笑った」
「あの刹那がかぁ!?……んな馬鹿な」
「すっげぇ可愛かった…」
思わず零れ落ちた言葉に、イアンはぎょっとロックオンをみた。
聡いおやっさんはこれだけで気付いてしまったようだ。
「ロックオン。お前…」
「あたり。…………まさかなーとか思ったんだけどよ…。……懐かない猫手なづけてたつもりだったんだけど」
「相手は15だぞ?」
「だから困ってんだよ」
「…はぁ。スナイパーが狙い撃たれてどうする」
「……ごもっともです」
正論を言われ、ロックオンはがっくりと肩を落とした。
いきなり現れるこの厄介な感情は引っ掻き回す嵐のようで熱く、制御不能の不可侵物といってもいいくらいどうしようもない。
このまま受け入れるしかないようだ。
「ったく。お前が気にしてたあのテストだがな。何故だか記録は残っていなかった」
「残ってない?消したとか?」
何とか立ち上がると、それを待っていたかのように話し出す。
本来ここに来た目的たる本題に触れられた。
だが、告げられた内容に首を傾げてしまう。
「違う。残ってないんだ。そこだけぽっかりと切り取られたように」
「………」
「お前の通信で気付いたとこからまた残ってる」
「…わかんねぇままかよ」
ふりだしにもどる。
そんな状態で、遅々として進まなかった。
いい加減なにかしらわかっても良さそうなものを、何故か答えはでない上、データにも残っていなかった。
まるで初めからそこに何もなかったかのように。
「刹那は?」
「わからない。の一点張り」
「………」
「だけどさ、いきなり気を失うなんてあるか?」
普通は有り得ないと2人の意見は一致した。
「モレノんとこに連れてったか?」
「無理矢理な。結果は不明。全くの健康体だった」
行き詰まった状態で、どうにもこうにもお手上げだった。
スメラギやモレノも気になっているらしく、それとなく調べてはいたがたいした成果はでていない。
刹那に何かあるのかと、秘密裏に調べても答えはでないままだ。
「……あれ以降、シュミレーションでも何ともないよなぁ」
「…だから不安なんだよ」
「………」
「あいつ、あれ以来なんか、違うンだよ…」
いきなり大人になったような、違和感。
大人になりましたよ
08_11_09_ 眠気と乱闘中…