浮気をしている。彼も、私も。彼と彼女が二人で歩いているところを頻繁に見かけるけれど、私は彼女の名前も、年齢も何も知らない。それはきっと彼も同じだ。私はもっとタチが悪いのかも。だって彼が見る私の連れは、いつだって違う男なんだから。 …私は、痛みを伴いながらこれを行っている。心が鋭利な刃物でめった刺しにされるみたいな、涙が出るほどの痛みを伴って。私は彼を愛してる。こうでもしなければ彼は私を見てくれないのだからと耐えに耐えて毎日を過ごして、でも馬鹿馬鹿しくてもういっそ何もかもやめてしまいたくなって。それでも彼を愛しているから、…永遠に終わらない何かの呪いみたい。もう涙も流れなくなった。いつか変わるんじゃないか付き合い始めたあのころの私たちに戻れるんじゃないか、そう期待して眠りにつくけれど待っているのは変わらない日常。何も変わらない。今日になれば昨日は終わっていて、だから昨日は今日とは違う一日のはずなのに、本当に、一ミリも、何一つ変わらない。今日もこうして私は心を痛めて、それでも彼は私への罪悪感などはこれっぽっちも持たずに彼女と夜を過ごしているのだろう。お願いもうやめて。私もこんなこと終わりにするから、だから戻ってきて。やり直すチャンスが欲しい。…そう泣きつくことができたならどれほど気持ちが楽になったことだろう。もういっそ、これでもかというくらいに私を罵って、そうしてごみくずみたいに私を捨ててくれればいいのにと、ひとり笑いながら思った。 「。また痩せたんじゃなか」 「…仁王」 「隈も濃くなった」 いつも飄々としている仁王の珍しく心配そうな表情を受けて、申し訳ないと思いながらも私は曖昧な笑いを返した。それは思うより暗い響きで、笑った私自身戸惑う。 「なあ、。あいつは、」 「仁王。余計なことは言わない方が身の為だ」 何か言いかけた仁王を、凛とした声で遮る誰か。その声の主を私はよく知っている。一呼吸置き、なんとか心を無にして、私は彼に視線を遣った。 「…幸村」 あからさまに眉を寄せる仁王。 「真田が探していたよ。行ってあげたら」 冷たい声音で言う彼。仁王は私と彼を順番にちらりと見て、短く溜息を吐きこの場を去った。 「…、今来たの?」 「うん」 「昼休みだけど」 「ちょっと具合悪くて。急に涼しくなったし、体がおかしくなってるみたい」 「ふうん」 「そっちは、大丈夫?」 「…。…まあね」 「そっか」 じゃあ私、そろそろ教室行くね。もうそろそろ五限始まるし。意識して笑顔をつくって、彼の脇を通り抜けようとした私の腕を彼が掴む。 「…?」 「ちょっと話そうか」 彼も、明らかに取って付けたような微笑みを浮かべて首を傾げた。私は目を見開く。今までにないパターンだった。何かが変わるのか。「…うん」断る理由もないので頷けば、彼はにこりと笑った。やはりつくりもののようだった。 「耐えよう耐えようと思ってたけど、俺ももう我慢の限界なんだ。…、もう無駄な足掻きは止めたら?」 「!なに。急に、」 屋上に着くなり冷ややかにそう言い放たれて、私は思わず動揺してしまい上擦った声でなんとか応じる。我慢の限界?一体何の話だ。 「いつも違う男連れて俺に見せ付けて。…態とだろ?どれだけ俺が傷ついたか、には一生かかっても分からないだろうな。そんなに俺が嫌なら、一言別れようって言ってくれれば済む話なのに。まあ、黙って別れる俺じゃないけど」 彼はそう早口に捲し立てる。それを頭の中で一つ一つ整理して、ああこれは浮気の話だな。そう思うと急に冷静になって、心に余裕が生まれた。 「傷ついたなんて、なんの冗談?…浮気の話なら、お相子のはずだけど」 彼の顔を真っ直ぐに見据えてそう言い返せば、彼は歪んだ笑みをその綺麗な顔に浮かべてふん、と鼻で笑う。 「お相子?…ああ、あの女のこと?あれはあまりにもしつこいから少し相手してやってただけだ。幸運だよね、あの女も。だって俺は何とも思っていないとは言え俺の傍にいることができたんだから。…すごく滑稽だったよ。彼女面して俺のこと精市、なんて呼んでさ。ああでも、いい加減と別れたらなんて猫撫で声で言われたときは、思わず唾を吐きかけてやりたくなったけど。あの女はもっとに感謝すべきなんだ。だってのお陰で俺と恋人ごっこができたんだから。あんなのの気を引くための道具でしかない」 ぎらぎらと光る彼の瞳に薄ら寒さを覚えた。「…狂ってる」思わず呟くと、彼はきょとんとした顔をしてから、心底不思議そうな顔をして私を見る。 「狂ってるのはの方だ。俺はこんなにもを好きなのに、態とあんなことして」 「…先に浮気したの、そっちなのに」 「だから言ってるじゃないか。あれはの気を引くための道具。それ以外なんの価値もない。が疑うような事は何もしてないよ」 「…!」 「あのころ、俺たちちょっとした倦怠期だっただろう。だからの気持ちを引こうとしてあんなことしたんだ。そうしたらも浮気し出したから驚いたよ。いじらしく、態と俺の視界に入るところで一緒に歩いたりして。…でも気付いてた?、他の男といるときはいつも酷い顔してるんだ。だからの本心がなんとなく分かって、が折れてくれるのを待つことにしたんだけど…もう、これ以上我慢できない」 彼がじりじりと、私との間を詰めて来る。私は逃げる事ができない。 「…ねえ、好きだよ。この地球上に生息する全人類の誰よりものことを愛してる。だから俺のところへ戻っておいで」 彼は狂っていると思う。偽りとは言え傍に置いた女のことを道具だと吐き捨てたり、大した取り柄もない私のことをこんなにも愛してると言ったり。それでも私はやっぱり彼のことが好きで、彼の胸に引き寄せられるようにして抱きしめられるんだから、彼以上に狂っているのかもしれない。 「本当は、辛かった…!あの子と歩いてるのを見るのも、よく知りもしない男と歩くのもっ。でもあの子と歩いてるときはいつもにこにこしてるし、私が他の男と歩いてても何も感じてないみたいに振舞うから、」 「ごめんね、」 「私が好きなのは精市なのに、なんかよくわからないことになって、変な意地張っちゃって、っ」 「やっと名前呼んでくれたね。…俺も好きだよ、。おかえり」 精市の顔を仰ぎ見る。男である精市に言うのもなんだが、まるで聖母のように微笑んでいた。私は遠慮がちに精市の背に腕を回す。ああ、こんなにも簡単なことだったのに、遠回りしていた私は本当に馬鹿みたいだ。私は精市を愛している。 「もうはなさないよ、。一生、死ぬまで」 (そして突発的なのである。初幸村。難しい。書き直すかも/10.10.10) |